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KHJジャーナル「たびだち」92号(2019年春季号)から、『鈴木家の嘘』野尻克己監督対談記事の冒頭をご紹介!


対談『鈴木家の嘘』野尻克己×池上正樹
「人間として生きている、それだけでいい」

ある家族のひきこもっていた長男が亡くなり、ショックのあまり意識を失った母親が目覚めたとき、家族は「息子は生きている」と嘘をつく―映画『鈴木家の嘘』の脚本・監督を務めた野尻克己さんは、ひきこもりの兄を自死で失った経験を持つ。ひきこもりに対する思いや映画に込めた思いを、池上正樹さんに語りました。


野尻克己
1974年埼玉県生まれ。東京工芸大学芸術学部映像学科卒業。助監督として熊切和嘉、豊田利晃、大森立嗣、横浜聡子、石井裕也、橋口亮輔らの監督作品で助監督を務める。Vシネマやテレビドラマで監督を手掛けた後『鈴木家の嘘』(2018)で劇場映画デビュー。同映画で第31回東京国際映画祭スプラッシュ部門作品賞、第23回 新藤兼人賞金賞、第73回毎日映画コンクール脚本賞、第40回ヨコハマ映画祭森田芳光メモリアル新人監督賞を受賞などその年の数々の新人賞を受賞。第92回キネマ旬報ベスト・テン第6位。第18回ニューヨーク・アジアン映画祭にてUncaged Award for Best Feature Film(最高賞)を受賞。最新作は西島秀俊、内野聖陽主演、連続テレビドラマ「きのう何食べた?」


止まってしまった家族の時間

池上 映画の公開から一年ほどが経過しました。数々の賞を受賞されて、おめでとうございます。一年経ってみて、反響はいかがですか?

野尻 たくさん賞をいただき思いもよらぬ嬉しい反響はたくさんいただきました。公開規模が小さかったので、僕自身はもう少し多くの人に見てもらいたいなという思いがありました。いま出版社から、「『鈴木家の嘘』を小説に書いてみないか」と言われて、執筆中です。だけど、シナリオと違って小説はハードルが高すぎました。苦戦してます(笑)それに書き始めて気付いたのですが、僕の中ではまだ整理できていないところがたくさんありました。僕の兄のことは、家族とこれまで真正面から話すことがなかったんですけど、僕が映画を撮ったことで家族同士が話すことが、少し増えました。映画のおかげとも言えます。

池上 例えばどういうお話を?

野尻 兄のひきこもりの状態の時代にまでさかのぼって、「あの時ああした方が良かったんじゃないか、こうした方が良かったんじゃないか」ということを、母親が話すことが多いですね。一番傷ついているのは母であるような気がするので、僕たちはそれを言わないようにはしているのですが、母は話したいようなんです。

池上 お兄さんが亡くなられてから、ご家族の時間が止まってしまっているのですね。言葉にしていくことも大事なプロセスだと思います。

野尻 うちの三人兄弟はみんな男で、亡くなったのは下の兄なのですが、僕も上の兄も当時はまだ若かったから自分がやりたいことがあって、下の兄のことは気にかけてあげられなかった。それが母からすれば、家族の問題から逃げているのではないかと見えたようです。ただ、家族で話し合ったからといって、何かできるかといったらできない。僕は、兄が自死をすることを想像できなかった。兄がひきこもっているといっても、僕に何か影響があるわけじゃない。誰しも自分の人生に迷うときはあるので、兄にもそういう時期があっても、別に不自然なことじゃないと思っていましたから。

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